世界発の至極のスパルタンレース、その数々のメニューの中でも日本初上陸の「BEAST」。去る令和元年9月15日、弊所から2名のチャレンジャーが挑戦の地「GALA越後湯沢」に向かった。興奮の余波が揺蕩う弁護士がそれぞれの心境を訊く。

A:お互いに痛々しい額ですね。擦り傷は想定してましたが、まさか痣だらけになるとは思いませんでした。レース自体も2、3時間で終わると思いましたが…。

G:時間の感覚がまるでなかったよね。レースが終わって「今何時?」って聞いて空を見たら陽が西に傾いていて「えっ、もう夕暮れ前なの?」みたいな。

A:朝7時半の出走でした。ふらふらとスタート地点を探してたら、係員に「早く出走して下さい。失格になりますよ!」に急かされて、胸元ぐらいのゲートの前で二人してぼんやり立ってましたね。

G:雁首揃えてってあんなことを言うんだろうね。

A:「そ、それを乗り越えて下さい!」って言われて、「あぁこのゲート、開かないんだ。」って。慌てて二人して乗り越えましたが、何とも衝撃のスタートでした。

G:折に触れてふと断片的に思い出す地獄の一丁目は案外ユーモラスなものだったりするよね。

A:何か印象に残る障害物はありましたか?

G:全ての障害物がレンジャー訓練を想起させるものでトラウマに満ちてたと言うか。ダメでもバービーをすればいいとは頭では理解しているんだけど、出来なかったら何をされるか分からない感覚が常に付き纏ってて…。Aさんはどうだった?

A:意外に単純なアップダウンが多かったですよね。その意味では障害物以外のところでの印象が残っています。とはいえ、スタートしてゲレンデの天辺まで登って降ってまた登るトレイルランみたいなフェイズが続き、最初の障害物群が朧げに眼下に広がったときは圧巻でした。幼い時に読んだ蜘蛛の糸の絵本を思い出しました。

G:あの時さ、鬼が見えたんだよ。耳元で自分の一番弱い部分をあげつらえて怒鳴り立てる鬼が…。でもそういうレースなんだよね。言い訳なし、情け無用、諦めすらも許さないって全世界の公式HPで謳ってるんだから。

A:正にそれぞれがそれぞれの極限に到達することを目的とするレースです。私もプロレスをやっており力自慢ですが、鉄の塊を抱えてフラッグを行って来いをする障害物、最初はハッポスチロールか何かで出来てると思いました。

G:ホントの鉄だったよね。爪を土に食い込ませないと持ち上がらないという…。

A:あれで目が覚めました。これは単なるコピーじゃなく、本当にそれぞれを安全な場所から抜け出させようとしているかも知れないって。

G:スパルタンでの正式名称をチロリアントラバースってい言うらしいんだけど、モンキー渡りは衝撃だったね。モンキー渡りはレンジャー訓練の陸地での佳境に行われる鬼門。一生に一度、必死の覚悟で渡り切れるかどうかのロープ橋をどうしてもう一度渡らなければならないのか。暫く虚無っちゃったんだけど、あの障害物は見た感じ、クリア出来てた人が居なくてみんな苦汁を飲んでた。ここは見せ場だと思って進行方向に背を向けて足を掛け、途中で少し力を使ったけど超高速で渡った。そしたら、青年たちが「うぉ!」っと喝采してくれて、当たり前じゃんとも思ったけれど正直嬉しかった。

A:純粋に嬉しさを感じる瞬間って中々ないですよね。

G:でもその後に控えていたtwisterは半分までしか行かなかったんだ。結局、投擲以外はtwisterが唯一のノークリアで、悔しかったなぁ。係員の目を盗んで3回チャレンジしたけど、全くダメだった。腕力だけで乗り切ろうとしたからだと思う。

A:あの持ち手がグルグル回るヤツですね。私もノークリアです。

G:しかも、その後のパニッシュメントバービー30回まともにやってない。自己申告だから、脚がピクって言ったのを1回に数えてみたいな。脚が痙攣して見たことの無いくらい歪んでて、もう姿勢すら取れないんだよね。多分、最後の方は痙攣のみでカウントしてたと思う。今でも悔しくて、どちらかと言うと尊厳を喪ったかもしれないよ。

A:すっかりと安全な場所から追い出されてしまったようですね。私は何度も脚が攣って、途中から完走は無理だと思いました。

G:ゴールでそれこそ果報を寝て待ってたけど、いくらプロレスラーとはいえ、Aさんの巨漢では完走は難しいかなって思いながら寝てたような気がする。レース中に思うことはあった?

A:今年の春になりますが、山登りをご一緒させて頂いたときに言われたことを思い出したんです。「自衛隊の行軍はもっとゆっくりだよ。目的地に辿り着かないと意味がないからね。」って。その言葉が無かったら絶対に完走してなかったと思います。

G:いやぁ心に響く言葉って発した本人は意識してないことが多いって言うけどホントだね。あの時は苦しくて「少しペース落としてくれない?」って言う意味で言っただけなんだけど(笑)

A:そうだったんですか!G先生はレース中に何か思うことはありましたか?

G:柄にもないんだけど、脚が攣って動けなくなったときに観客ではなくて参加者が声をかけてくれたのが嬉しかったね。

A:思いの外、女性の方が声を掛けてくれましたね。

G:そうなんだよ!女の人って優しいんだって思った。今まで女性恐怖症だったのかも知れない。

A:若干倒錯的になってしまいますが、私は既に70を過ぎてるんじゃないかって人に追い抜かされたことに我ながら純粋な感動を覚えました。

G:人間の可能性みたいなものを感じる瞬間だね。それを言うなら、自分よりだいぶ先を行ってる人とアップダウンで擦れ違うときに飛んでもない美人がいたんだよ。

A:日本人でしたか?

G:日本人だったのかな、ともかくアンドロイドみたいな非の付け所のない美人で、可能性を超えて人間の神秘みたいなものを感じたなぁ。

A:何度も聞いてることもありますが、その話はこの辺で終わりにして下さい。

G:とは言え、お互い完走出来て良かったね。ゴール付近で完走者がいつまでも帰路に着かないで名残惜しそうにしていたのが印象的だった。

A:みんな誇らしそうにメダルを首からぶら下げて、何より笑顔でしたね。次は年末に豊田スタジアムで開催されるそうです。まだ上陸していないスパルタン「ウルトラ」っていうのも控えてるみたいです。

G:あぁあの広大な水田をセーラーで渡る、死人が出そうなヤツね。あ、そうだ。事務所メンバーの最終面接はスパルタンレースで行うなんてのはどうかな?

A:いいですね。誰も応募してこないと思いますが…。

G:そうとは言い切れないんじゃないかな。あんなに若者が熱中してるんだし。まぁこの件は、ここではなく豊田スタジアムで考えることにしよう。

A:ゴールした後にまた話し合えたらいいですね。今日は有り難うございました。